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Soyのブログ

ACTH単独欠損/続発性副腎不全

意見やコメントを受けて

先日書いた2つの記事に対する、大きな反響があった。細々とやろうと思っていたのでかなり不安を感じているものの、嬉しいこともあった。

 

これだけアクセス数があったら、めちゃくちゃ叩かれたり、嫌なコメントがあったりするんじゃないかと予想したけど、今のところ一切悪意を感じる反応は受けていない。それどころか、好意的な言葉を数え切れないほど沢山かけてもらって、とてもありがたかった。下の記事に関しては、批判も無かった(と思う)。

 長年医者に見落とされ続けた体調不良が難病だと判明した

 

一方、下の似非科学批判に関する記事に対しては、概ね正しく伝わっているものの、少し批判もあった。

似非科学批判と医療の問題について

少数の批判に対して、一々ブログで反論する人たちに対して、神経質だなあと思っていたりしたけど、大きく取り上げられた状況で誤解されたまま広がったらどうしよう、と不安になるものだと知った。改めて、その立場になってみないとわからないものって沢山あるなと思った。議論すること自体は好きなので、ちゃんの内容を理解した上での批判だったら、ありがたいと思う。今後も何か気になることがあったら、コメントなどで教えて欲しい。

 

以下2つは誤読による批判で、しかし誤読が広がるのは避けたいので、指摘しておく。

1. この記事を似非科学擁護だとして批判している人たちがいた。似非科学批判を自称している人たちの中の非科学性を問題にしているのに、似非科学批判を批判 = 似非科学側 と変換されてしまっている。まさにそういう、二分思考しかできない人たちのことを批判している。(9/12 追記: そもそもわたしは似非科学批判自体は批判してはいない。似非科学批判を装った、非科学的・非論理的な言動を批判している。)

 

2. 標準治療を否定している、というような理解の下での批判があったが、それも誤解である。複数の医師に見放されたことにより標準治療が見つからない時は、医療の主流ではない治療法(漢方や鍼灸や食事療法など)を試すのは患者にとってそれなりに妥当な選択であるということと、それらを似非科学だと分類した上で患者を似非科学実行者として批判するのは非科学的な上患者にとって有害だということを言っているのであって、標準治療は自分も受けてきたし、これからも受け続けるし、まったく否定していない。

 

ちなみに、わたしはアレルギーでも普通に標準的な治療 (ステロイド入りの鼻スプレーと抗ヒスタミン剤の飲み薬、目薬など) を受けていた。それでも症状が抑えきれないくらい重症だったので、減感作療法などのメジャーじゃないものにも手を出した。効果はとてもあったが、それでも花粉症の時期は 【 完全ダウンでメールも読めない → 本は難し過ぎなければ読める、外出は二週間に一回が限度  】 というような変化で、まだまだ健常人とは呼べないレベルだった。(しかし、アトピーはこれでだいぶ改善した。)

 

治療法が実践されながら発展し、標準治療として確立されていくことはよくあることだ。例えば減感作療法も、ひと昔前は日本ではマニアックな非標準医療だったし、今でも主流と呼べるかは分からないが、どんどん主流に近づきつつある。漢方だって、作用機序が解明されていなくても、効果があることは統計的に分かっているものも多いし、作用機序も日々研究され続けている。鍼灸も、効果が認められたという結果が出ている論文で、まともなジャーナルに載っているものも沢山ある。乳酸菌によるアレルギーの改善も、確立には程遠いものの、期待できる結果が沢山出ている。これらをホメオパシーやEM菌などと同じカテゴリに入れて似非科学だと批判するだけでなく、これらを試す患者まで批判することを、わたしは批判している

 

この行為の深刻さを患者側の立場から説明したい。症状の重い患者にとって、これらを試すことを否定されることは、標準治療が確立されるまでの人生を捨てろということを意味してしまうこともあるのだ。効果が強くなくても、根本治療にならなくても、だましだまし生きていかなくてはならない。それを、「似非科学っぽい」という印象のみで批判されるのではかなわない。ただし、患者が危険な治療法を試している場合はこの限りではない。(これは元の記事にも注意書きをしておくべきだったと反省している。当たり前すぎて書かなかったが、これが当たり前でない人もたまにいる。)

 

以下は誤読によるものかは分からないのだが、このような意見もあった。

3. わたしの記事を読んだ本当の精神病の人が治療を拒否したらどうするのか、という心配の声があった。わたしは、一般的な検査をして、それで異常が見つからないというだけで、"簡単に" 心因性と断定する医師のいうことなど聞かないで良いとは書いた。しかし、十分に検査して、身体的に原因が見つからないとき、精神面の原因を探ることは否定はしていない。あくまでも、精神病や心因性という概念を便利なゴミ箱のように扱う非精神科医を批判している。だから、誤読しない限り心配されているようなことは起きないと思う。しかし、誤読を減らすことはできても避けられない以上、どうすれば良いのだろう、と問題意識は持った。ただ、元の記事を公開するベネフィットとリスクを比較するとわたしはベネフィットの方が大きいと思うので、これを理由に記事を削除したりはしない。

 

以下は誤読によらない批判である。

4. わたしも懸念していることだが、元記事は似非科学に利用されるのではないか、という意見があった。その懸念があったため、わざわざ但し書きを書いたが、それでも懸念が完全になくなる訳ではない。似非科学側の人達で二分思考しかできない人がこれを読めば、そのように援用される可能性はある。悪質な場合はこのブログで否定していく。

 

以上、批判や意見に対するわたしの見解でした。

 

コメント欄でのやり取りの結果、考えたことがある。副腎不全は低血糖やうつに似た症状を引き起こすこともあって、うつ病と誤診される人は少なくないそうだ。同病の患者の報告を調べていても、うつ病と診断された後、低血糖で救急車で運ばれて判明、というケースをいくつか読んだし、コメント欄にもそういう経験を書いてくれた方がいた。低血糖は命に関わる。精神科の先生が甲状腺や副腎のホルモンを測ることが一般的な手続きになったら、大分救われる人がいるのではないかと思う。

 

また、このことと関連するが、診断されにくい難病患者がどのような経緯を辿って診断にたどり着いたか、大規模な研究がなされるべきだと思う。少なくとも副腎不全に限っては、似たルートで診断に辿りついている人も多い上、診断まで時間が掛かる人が多い。このようなルートのデータを蓄積したら、人の膨大な時間と命を救うヒントが得られるのじゃないかと思う。もしすでにそういう研究をしている人がいるなら、調査不足を謝罪する。